小泉外交の行き着く先は台湾問題だ

2005年9月5日 毎日新聞 掲載

 

総選挙の争点は郵政、年金など内政に絞られた感が強いが、本来、政権選択のはず。であれば、外交・安保問題を避けて通れない。

まして戦後60年の今年、「小泉外交」で日米関係は史上最良、逆に日中関係は国交正常化以来最悪といわれる。

外務省OBで初代情報調査局長を務めた当代きっての戦略家で外交評論家の岡崎久彦さん(75)によると、

この夏、国論を2分、アジア外交の焦点となった靖国問題の行き着く先は必ず「台湾問題だ」という。真意を聞いた。

 

 

―小泉首相は総選挙の争点化を避け、8月15日の靖国神社参拝を見送りました。

 ◆靖国問題はそもそも中国が問題にしなければ存在しなかった。春秋の例大祭なら、首相参拝も問題なかった状況が少なくとも1985年まではあった。

それが内政干渉かどうかという話にまでエスカレートさせた責任は中国にあると思う。

 

 

―総選挙結果にも左右されますが、秋の例大祭(10月17~20日)に首相参拝の可能性は?

 ◆中国がそれを認めていたのが2~3年前で、今はA級戦犯が合祀されている限り駄目だといっている。

 

 

―靖国問題は、中国によって「悪」のシンボルと記号化され、日中双方に勝ち目がない袋小路に入ったと言われます。

 ◆中国は、首相に靖国参拝されても、何もできない。全国的な反日運動にしたいだろうが、もしやったら大デモになる。

反政府運動に発展して、中国共産党は吹っ飛ぶ。一方(日本側の)コストはゼロです。唯一のコストは日中首脳会談ができないだけ。

しかも会談しても日本から持ち出すものはない。反日教育をやめろというぐらいです。向こうはいろいろある。

中国の今の政策は行き所がないと、中国に悟ってもらうしかない。

 

 

―かねて「靖国問題で譲ってはいけない。後々の日本人の安全と繁栄に禍根を残す。次に控えているのが何か分からないが、

最後に必ず台湾問題が来る」と、主張されている。なぜですか?

 ◆日本の立場を今守り切れれば、中国の戦略の効果がなかったことになる。その反省が日中関係の転機になるかも知れないからです。

内政不干渉と政経分離の原則を譲ってはいけない。そうしない限り、ギクシャクした関係が続く。

 

 

―中国が今年3月制定した反国家分裂法は台湾が独立に動けば「非平和的手段」を行使するというものです。

さらに台湾有事を想定したとみられる中国とロシアの本格的な初の合同軍事演習が先月行われた。近い将来、衝突の危機はあるのか、ないのか?

 ◆私は、あると思う。現在は、ないと思っても不思議ではない。というのは、アメリカが厳しく現状維持なんです。

中国の武力行使も、台湾独立の動きも許さない。結局は軍事バランスの問題だから、当分、アメリカが圧倒的に強い。

その意味で、しばらくないという判断は正しい。しかし、私が衝突路線だと思っているのは現状維持が内部から崩れる可能性があるからです。

台湾の独立の希望は、増えることがあっても減ることはない。そうすると、米国議会の台湾独立支持派が、絶対に強くなる。それを止めようがない。 

 

 

―中国では軍や強硬派が台頭しているのではないかという推測もされている。それならいずれ、軍の暴走の可能性もあるのでは?

 ◆いや、それはないというのが私の理論です。軍の統制が利かなくなるのではなく、柔軟性を失う。それが江沢民時代の愛国心教育の結果です。

スローガンは「台湾を回復して100年間の屈辱を晴らせ」だった。日清戦争による台湾割譲から100年間の雪辱です。

軍の発言力が強くなると外交にはっきり特徴が出る。強硬発言は善、軟弱発言は悪になる。戦時中の日本がその例です。

今中国人と話していると、こちらを向いて話していないという感じが伝わってくる。明らかに後ろを向いて話している。

 

 

―軍の暴走の可能性は低いにしても、96年3月の台湾海峡危機のような一触即発の恫喝シナリオはありえるのでは?

 ◆それはあるでしょうね。また暴走の可能性はまったくゼロでもない。奇襲なら成功するかも知れない。

台湾防衛の情報系統を破壊して、半日のうちに、あらゆる方法で軍隊を上陸させて、占領し、発表する。

 

 

―中国の国防予算は、今年17年連続10%以上増を記録した。中国の軍拡は加速しており、軍事力の急激な増強自体、脅威です。

 ◆そのとおりです。私はここ10年、中国に台湾を取る力はないと言っていたが、17年連続2ケタ増というのは、ただごとじゃない。

それが戦力と作戦にどんな影響を及ぼしたかは、今後、最大の検証課題です。軍事バランスを見直す必要があると真剣に考えています。