北テロ指定解除 拉致解決へ日本に教訓

(2008年11月3日)

 

 今回の米国のテロ支援国指定解除のやり方は、大英帝国が世界の覇権国であったときの、パーフィディアス・アルビオン(背信の英国、アルビオンは英国の古名)という言葉を思い出させる。時の世界の覇権国と付き合う場合、中小国が時として唇を噛(か)んで耐えねばならない事態もあるということである。

 ここでもう一度ブッシュ政権の北朝鮮政策を振り返ってみたい。

 ブッシュ政権の当初の政策は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼ぶことであり、北朝鮮をまともに相手にしない、ということ、つまり、その政策の究極的な前提はその崩壊を待つということであった。

 2002年の米朝「枠組み合意」の廃棄もその帰結ということになる。

 もっとも、北朝鮮側としては原爆製造技術が完成したので、もともと何時(いつ)までも凍結を続ける意思はなく、ウラン濃縮を認めたのも、合意の打ち切り覚悟だったという観測もあり得る。

 ブッシュ政権の当初の政策を一貫させるならば、制裁を強化し、その崩壊を早め、あるいは、崩壊しなくても窮境に追い込んで譲歩を迫るという政策がスジである。現に、2006年の核実験の後の日米の制裁は相当な打撃を与えたようである。

 他面、実際に起こったことは、北朝鮮は崩壊せず、北朝鮮が寧辺の原子炉を4年間再稼働してプルトニウムを蓄積し、核実験に至ったことであった。

 ここでクリントン時代のステータス・クオ・アンテ(原状)に戻ろうというのが、はっきり言って現在のライス米国務長官の政策と考えて良いと思う。

 ただアメリカの政治事情では、民主党時代の政策に戻るとは言えないので、今回の交渉は「核全廃への一歩」であるところが違うなどと言っているが、ライス長官本人も含めて誰もそんなことは実現するとは考えていないであろう。現に、あの甘い検証条件では、ウラン濃縮や既存核物質、核兵器の査察などについては、これ以上の進展は諦(あきら)めたと同じである。

 枠組み合意に戻るということ自体は悪いアイデアではない。ただ、ライス長官による政策の進め方に問題があったのは、一つは、核実験後の日米の制裁の効果をもうしばらく見極めるべきであったのに、追い詰められた北朝鮮の動きに過早に飛びついたということである。

 

 ◆「枠組み合意」の轍踏むな 

 もう一つは、交渉があまりにも拙劣だったことである。クリントン政権が、重油の供給と軽水炉の建設だけで得た7年間の運転凍結に対し、偽札造りを見逃し、それで儲(もう)けた金を返してやり、同盟国日本の信頼を裏切ってテロ支援国指定解除までするという対価を与え、その結果、せいぜい半年ぐらいしか効果の無い無能力化を得ようとしているに過ぎない。

 枠組み合意の場合は、合意に違反して寧辺の施設を稼働させれば、石油供給と軽水炉建設が止まるという仕組みが北朝鮮の合意順守を保証していた。

 しかし、今回の合意は施設を再稼働させない保証がない。やがて、追加の恩恵を与えないかぎり、何らかの最低の口実の下に、再稼働させるのはほとんど確実と考えられる。

 そして三つ目は軍縮と不可分の一体であるべき査察を軽視したことである。

 しかし過大な対価ではあったが、もう与えてしまったものは仕方がない。既往は咎(とが)めずという言葉もある。今となっては、たった半年ぐらいの効果しかない無能力化でも、無いよりましと考えるしかないということである。

 そして、今後北朝鮮にすべての核活動の検証を迫るために最大限の努力をするしかないが、それも先に梃子(てこ)を放棄してしまっているので、どこまで北朝鮮が譲歩するかは、わからない。

 既往は咎めずと言っても、そこから教訓を学ぶことは出来る。拉致事件を抱えている日本にとっての最大の教訓は、北朝鮮のサラミ戦術(サラミ・ソーセージを薄切りにするように、一段階ごとに相手の譲歩を要求すること)によって少しずつ、見返りほとんどなしで、譲歩を取られた米朝交渉の轍(てつ)を踏まないことである。

 日本は拉致事件が解決するまで、一切の経済援助はしないという方針を堅持している。これは日本外交にかつてなかったバック・ボーンを与えている。これがなかったならば、日本は事あるごとにタカられっぱなしだったであろう。

 拉致事件をすべて解決して日本と平和条約を結んだ場合、北朝鮮が得られる報酬は今までのサラミ戦術でアメリカから掠(かす)め取った報酬とは桁(けた)が全く違うものである。北朝鮮としては、拉致問題を解決する十分なモチベーション(動機付け)がある。日本としてはそれまではサラミの切り取りを許さなければ良いのである。あるいは、米国も、これを日米同盟共通のアセット(財産)と認識して、核と拉致両方の完全解決のために積極的に利用し、それまでは日本にケチな要求をしなければ良い。

 もう一つの教訓は、同盟国との協議の必要についてアメリカに繰り返し念を押すことの重要性である。

 もし6か国協議を多数国間機構に発展させようというような構想が提示された場合は、まずすべての議題について同盟国との事前協議を行うことを最低の前提条件とすべきであろう。今回の日本が置かれた苦境でアメリカもその重要性は分かったであろう。その意味でアメリカも教訓を得た、あるいは得るべきである。

 そして今後の最優先課題は、既に核保有国となってしまった北朝鮮に如何(いか)なる軍事戦略で対処するか、これこそ6か国協議でなく、米国が日韓という同盟国と真剣に協議し取り組むべき問題である。