自民総裁選と靖国問題

[地球を読む]政争の具にするな 自民総裁選と靖国問題 岡崎久彦(寄稿)

2006年9月3日 読売新聞掲載 岡崎久彦

  政治学では「スード・イベント」(偽の事件)という言葉があるそうである。 わかりやすい例として、徳川時代250年、大坂城落城からペリーの来訪までの間の日本における最大のイベントはなんであったかというと、それは赤穂浪士の討ち入りだった。討ち入りは天下の耳目を聳動(しょうどう)させた。しかし大坂城落城とペリーの来訪はたしかに日本の歴史を変えたが、討ち入りは日本の政治、経済、社会の構造になんら影響を及ぼすものでもなく、歴史の流れを変えたものでもなかった。したがって、それをリアル・イベント(本当の問題)にたいするスード・イベントと呼ぶのである。

 ひるがえって、靖国問題とは何だろう、と考えると、日本の政治、社会に変化をもたらすような問題ではないし、まして国民の安全と繁栄にも影響はない。そしてこの問題が忘れ去られたあとは、歴史に爪痕(つめあと)も残さないであろう。

 現在あるのは、朝から晩まで喧(さわが)しく論じられているという現実と、中国の首脳が日本の首脳との会談を拒否し、韓国がこれに同調しているという事実だけである。

 どうして、こんなスード・イッシューが生まれてきたのか。その経緯を辿(たど)って見ると、その原因は政治的歴史的に必然性のない、人為的なものであることがわかる。

 一言で言えば、すべては日本国内の左翼反体制運動から端を発し、これに中国側の「フォー・パ」(外交上の誤った一歩、失策)があり、中国側がこれを修正しようとする努力を、日本国内の左翼勢力が事毎(ことごと)に妨害し問題の拡大に成功してきたということである。

 歴史の必然性から言えば戦争の記憶は戦後一世代で消え、後は歴史家の手に移る。1815年のワーテルロー後のレアクシオン(反動)の時代ではナポレオンは悪の権化であった。ヴィクトル・ユーゴーは22年にはナポレオンを地獄からの使者と呼んだが、27年にはもうナポレオンの栄光を讃(たた)えている。ナポレオンの帝国主義戦争もスペインでの残虐も48年の革命以降は誰も口にするものは居なくなった。今ボストンで英国のかつての圧制を怨(うら)み謝罪を要求している米国人は誰もいない。

 実は東アジアでも、戦後一世代を経た1980年という年を取ってみればこの問題は、政治問題ではなくなり、全く歴史家の手に移っていた。日本が戦後ずっとこの問題の処理を怠り、常に孤立していたと言うのは80年代に創(つく)られたフィクションであり、戦後一世代後の80年という年には、日本、中国、韓国、米国のいかなる評論にも政治家の言動の中にも、この問題がまだ生きていた証拠は存在しない。

  ◆中国側にも抑制の動き  

 ヨーロッパではナチスのホロコーストの問題は今でも残っているが、これは16世紀の宗教裁判と同じように特殊な問題であり、今後も歴史に残るであろうが、日本の場合は過去の幾多の帝国主義的戦争の記憶と同じように一世代で消えていた。

 このいったん消えた問題が再燃する経緯はすでに詳しく立証されているのでここでは繰り返さないが、発端は例外なくすべて日本の国内の左翼の策動である。もちろんその背後には、冷戦の中で、日本国内の反軍平和主義を温存して、日本の防衛力を弱体化させて置くという、共産主義の戦略があり、日本の左翼は意識的無意識的にその戦略のお先棒をかついでいた。

 スード・イッシューは、そもそもが論理的必然性のないところに生じたものであるので、論理的な解決方法はない。ただ、それはリアル・イッシューの前には消える。赤穂義士の討ち入りなどは、大坂落城の前、あるいはペリー来航の後に起こっていたならば、「この大変な時に、何をやってるんだ」ということになるような事件である。

 まだ一般の認識とはなっていないが、私は、リアル・イッシューはすでに存在すると思っている。それは中国の急速な軍備拡張による東アジアのバランス・オブ・パワー(勢力均衡)の変化であり、特に東シナ海における軍事バランスの変化は数年のうちに実感をもって浮上してくると思う。

 もう一つの解決方法は時間である。実は90年代前半の日韓の感情的対立は今どころではなかった。当時に比べれば今の日韓関係は良好と言って良いくらいである。当時はあまりの反日言動のために、冷戦時代親北朝鮮の左翼に対抗して韓国を庇(かば)って来た日本の中の親韓派は壊滅してしまったほどであった。

 しかし日本非難を言い尽くした後で、金大中大統領の訪日後の1999年の一年間は、韓国側が歴史問題に言及した例は皆無、中国も形勢を察して、ほんの一言以外は言及をやめた時期があった。

 しかし、この短い平和は、2000年になって、再び破られる。左翼は、検定前で問題個所が削除される前の教科書原案を不法に持ち出して新聞に掲げ、中国韓国の当局者、メディアの批判を求めた。その騒ぎが続いている中での、小泉総理の靖国訪問に際して、今度は中国が、それを首脳会談に結びつけるという外交的に前例のないフォー・パを犯し、その収拾にいまだ成功していないのが現状である。ただ収拾を妨害しているのは日本のメディアである。昨年の秋の総理の靖国参拝の時中国の報道は数行であったのに、日本のメディアは日夜大々的に報道し、中国の要人に会えば執拗(しつよう)にコメントを求め、中国側を引っ込みが付かないように追い詰めている。

 私は従来、靖国問題については、「その実施は不可能であるが、完全な解決方法を知っている」と言って来た。それは日本のメディアが一切報道しなければ解決するのである。日本の国内世論を分裂させるという見通しが皆無ならば中国がこれを取り上げる戦略的意味もまた皆無となるからである。

 独裁国家中国ならそれは出来るが日本はそれは出来ない。実は、今回の小泉総理の靖国参拝の前の日から、中国における反日のサイトは接触不能になっている。政府の指示であろう。参拝直後の新華社のサイトは外交部の抗議を、「激烈な抗議」と報じたが、8分後には「強烈な抗議」に改めた。中国がこの問題を抑えようとする意図があることは明らかである。

 私は一つの提案がある。自由な国日本でマスコミの統制は不可能でも政治家は自粛できる。本来は、本件は内政干渉に対抗する問題として超党派であるべきである。しかし現実は、かつて靖国参拝を支持した民主党の小沢代表は党派的理由で今や反対である。与党のなかでも公明党は従来とも宗教的理由で一貫して参拝反対である。

 しかし、今回の総裁選は自民党の中だけの選挙である。ここで各候補者が、靖国参拝問題を政争の具としない、という態度をとるだけでこの問題は随分沈静化すると思う。各候補者にそれだけのステートマンシップを期待したい。