政治と経済の間

エコノミック・レビュー2005年7月【巻頭言】

 富士通総研の顧問にお招き頂いて、錚々たるエコノミスト達の末席で、唯一人のポリティカル・アニマルとして、諸般の論議に参加させて頂いている。

 その間常に私の脳裏を離れないのは、政治と経済の接点はどこにあるのだろうか、という設問である。

 単刀直入に具体例から入ると、私がいつも悩むのは、「中国と台湾の経済的相互依存関係が進むにつれて、両者の関係は不可分となり、やがて統一は不可避となる」という命題である。

 私の直感的な判断は「どうも、そうもならないのではないか」ということであるが、理論的な裏づけとなると難しい。一つには政治と経済の相関関係を論じた論文がほとんどないからである。政治学者は経済のことはあまり論じない。経済となると基本は統計の数字と図表であり、政治学者は辟易して近寄らない。経済学者は、現在と過去の経済分析と長短期の経済見通しが本務であって、それが政治に及ぼす影響など論じるのは、おこがましいと考えている。

 時として経済学者が経済の政治に対する影響を論じようと試みたことはある。

 ノーマン・エンジェルは後にノーベル賞を取った経済学者であるが、第一次大戦前に、ヨーロッパ諸国の間の経済関係がこんなに密接不可分になったから、もうヨーロッパでは戦争は有り得ないと書き、その本はベスト・セラーになり、ヨーロッパ中の言葉に翻訳されたという。

 しかし戦争は起こった。今から考えてみて、戦争が始まった時の、ドイツのカイザー、ロシアのツァー、オーストリアの皇帝、英仏の首相の頭の中に、経済相互依存度などカケラも無かったことは十分想像できる。

 それが私が直感的に感じることである。台湾の安全保障や、独立が脅かされる危機が現実に到来した時、中国への投資や、中国との貿易などはせいぜい二次的な考慮しか払われないであろうと想像される。

 中国と台湾は同文同種というが、同じく同文同種であるドイツとオーストリアの間、アメリカとカナダの間で、政治的統合が議論されるのは、純粋に政治的問題としてであり、今既に密接不可分である経済関係が理由ではありえない。

 戦後の日本で人口に膾炙している歴史観の中に、世界大不況とそれが波及した日本の農村の窮乏が日本の軍国主義化とその後の戦争の原因だというのがある。それも物事の一面であろうが、それで歴史を全部説明できるものでもない。満州事変と支那事変の原因を中国側の国権回復運動とその手段としての反日侮日運動なしで説明することは不可能である。それがなければ両方とも起こっていない。経済はアップ・アンド・ダウンのあるものである。支那事変が始まる前には日本はいち早く世界大不況の影響を克服して、国民は景気の回復を楽しんでいた。

 平成大不況の時には、このままでは日本は滅びるという人も居た。その頃私は、「日本は滅びない。昭和初期の不況はもっと酷かった。それでも滅びていない。日本が滅びたのは真珠湾を攻撃したからだ。日米同盟という外側の壁がしっかりしていれば、中は崩れてもまた修復できる。」と言ったのを覚えている。

 もっと極端な例が北朝鮮である。かってCIAが数年内の崩壊を予測したことがあったが、その時から私は同じことを言ってきた。北朝鮮の安定度は治安能力の函数であって経済の函数ではない。100万人餓死して政権が持つわけがないというが、どうやって倒れるのだ。国民の不満が爆発して、抗議運動、暴動、クーデター、暗殺になるから崩れるのであって、それを全部治安能力で未然に防いでいけば国民の半分が餓死してももつ。ただ治安は蟻の一穴から崩れるから、北朝鮮の現体制は今崩れてもおかしくないし、20年続いてもおかしくない、と。

 アメリカ帝国の衰退論もある。かって大英帝国は、世界に先駆けて産業革命を達成し、世界の工場として常に経常収支は黒字で、その資本を植民地に投資して帝国を維持した。それがドイツ、日本などに追い上げられてだんだん力を失ったというのが定説である。この説を現在の双子の赤字のアメリカ帝国にあてはめればもうアメリカ帝国はとっくに衰退していなければならない。

 しかし、国際政治上、大英帝国とは何かと言えば、それはウイーン会議から日英同盟までの「名誉の孤立」の期間を通じて、英国の海軍は、世界のいかなる涯でも、その地域の全ての国の海軍の合計よりも優勢な海軍力を維持していたことにある。これを基準に考えれば、いま世界中でアメリカの軍事力に対抗できる国はない。アメリカが資本収支のプラスによってでも、ドル紙幣の印刷によってでも、この軍事力の優勢を維持できる限りはアメリカ帝国は続くということであろう。

 最後に一つ、なおかつ気になることを言えば、最近中国が経済関係を脅迫の材料につかって政治的利益を得ようとしていることである。新幹線の入札と靖国参拝を絡める如きがその例である。これは政治学、経済学の問題ではない。国際経済の不公正慣行の問題である。この問題については、中国に対して、そのような不公正な行為をやめるよう国際的に厳然たる態度を示すべきだと思う。

 さもないとエスカレートして来るのが心配である。靖国問題などは中国にとっても、日本のビジネスにとっても大きな問題ではない。その後ろには台湾問題が控えている。現在不公正慣行を許していると、将来日本の全ての企業が台湾問題で踏み絵を踏まされる恐れがあるのである。