集団的自衛権行使 日米同盟堅持の証し

【地球を読む】
 

 ◇外交評論家 

 私が集団的自衛権の問題を取り上げてきて以来もう40年近くになる。もちろん、その前からも先人たちの努力があり、その間限りない挫折を繰り返しているうちに、近年それを取り巻く景色が少し変わってきたような感がある。

 世論は変わった。この問題についての、世論調査などはないと思うが、40年前ならば、集団的自衛権行使を支持する世論などは1%あったかどうかさえ疑問であるが、今なら賛成の方が多いだろうと思う。安倍内閣がその見直しのための委員会を設置しても、麻生総理が平然と「集団的自衛権は行使すべきだ」と言っても世論の反発は皆無である。

 もともとこの問題は常識の問題である。かつてフランスの国防次官訪日の際、私は、「日本海で米艦と自衛艦が併走していて、自衛艦が攻撃されれば米艦は直ちに救援するが、米艦が先に攻撃された場合は自衛艦は何もできない。それが集団的自衛権の問題だ」と説明した。いかにも頭の切れるエリートらしい彼は言った。「理論は分かる。しかしそれは現実の世界、リアル・ワールドでは存在しえない問題である」

 自衛艦は当然同盟国軍艦の救援にかけつけ戦闘に従事する、と彼は考えたのである。それが常識であろう。同盟国米国の軍艦が沈められるのを自衛艦が手を拱(こまぬ)いて見ているわけにはいかないと誰もが考えるであろう。

 もし、自衛艦があえて米艦を救援すれば、その結果どうなるであろうか。刑法上は何の問題もない。刑法第36条は、「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と言っている。

 問題は自衛隊関係の法令に違反しているかどうかであるが、違反の法的根拠が集団的自衛権の行使禁止である場合、憲法裁判に持ち込まれると、処罰する政府の側の立場は弱い。憲法の規定に明示的な法的根拠があるわけでなく、政府法制局の憲法解釈があるだけだからである。

 憲法の有権的解釈権は政府でなく裁判所にある。裁判所はすでに日本には独立国として固有の自衛権があると認め、自衛隊を合憲としている。

 その自衛権を個別的と集団的の二つに分けて後者の行使を禁じるなどという、世界で類例のない、粗放、大胆不敵な判断を最高裁が下すはずはない。個人の正当防衛権に当たるものが国家の自衛権であるとして類比すれば、法哲学の考え方の帰結は明白である。

 ◆反対論世論の支持失う 

 もともと非常識な話なのである。権利があって行使できないなど、ばかな話はない。集団的自衛権は、憲法の規定にのっとって国会が批准した国連憲章、平和条約に明記してあるのだから、憲法の国際条約順守義務に従って国内法上の権利である。麻生総理は前から一貫して現行解釈はおかしいと言っておられる。

 景色が変わってきたもう一つの理由は、日米同盟の重要性の認識が深まったことである。30年前は、それこそ「同盟」という言葉さえ使えなかった。今は、種々の世論調査の結果に出ている通り、国民の間で日米同盟の重要性の認識は完全に定着している。

 そして同盟の維持強化のために集団的自衛権行使が必要なことも公然と指摘されるようになった。米国は初めは遠慮して言わなかったが、2000年の「アーミテージ・ナイ報告」、最近ではマイケル・オースリン氏(米研究所員)などの知日派の論説の中で当然のことのように指摘されている。

 特にオバマ政権ができて以来、この前の民主党政権であるクリントン政権第1期の日米摩擦の記憶が蘇(よみがえ)り、日米同盟の維持、強化が課題となっている。日本側から、米国に同盟堅持の意思表明を頼むぐらいの外交的能力はある。問題は、それなら日本側は何をしてくれるのですかと問われた場合、本命は、どうしても、集団的自衛権の行使となる。それ以外はその場しのぎの措置でしかない。

 それではどうすれば良いのであろうか。今まで私が想定していたシナリオは、特命委員会の答申を受けて政府が新たな解釈を闡明(せんめい)して、政府答弁を修正する。それから今までは当面の必要のために無理して自ら手をしばった法令もあるので、漸次関係法令を改正していくという手続きである。

 しかし、最近村田良平元外務次官の論を読んでハタと感じるところがあった。「委員会を設けたこと自体不要であり、不見識とすら感じた。(中略)総理大臣として責任において、日本は集団的自衛権は保有している、しかしその行使は慎重であるべきであり、最終的には総理大臣たる自分が判断すると述べ、もし法制局長官が異議を唱えれば、辞任を求めるべきだ。憲法上日本の総理はその権限を持っている」と。

 私自身この「不見識」なる委員会のメンバーであり、今後も今までのこの手続きに従うつもりであるが、もし総理がそう決断していただけるのならそれが良いに決まっている。

 ただ、その際、関係法令改正は可及的速やかに行うと述べておくことも重要である。  

 さきに述べたように、いざという時に現地の部隊が集団的自衛権を行使しても裁判所が違法と判断する可能性はほとんどない。ただ、戦闘というものは、日頃あらゆる想定の下に訓練を重ねておいて、初めて、実戦に役立つものである。アメリカにしても、いざとなればなんとかします、と言われただけでは、同盟間の戦略戦術が成り立たない。

 原則として権利行使可能と宣言した上で、法律はいつか改正されるという見通しを与え、改正された場合に備えて実戦の訓練をしておけば良い。それが裁判沙汰(ざた)となれば、究極的には無罪となることはすでに述べたとおりである。

 もう動き出すべき時期は来ている。理論的な反対は、時を追って一般の支持を失っている。少なくとも麻生総理が時に触れて持論を繰り返されるだけで、事態は進む。

 そして、もう自衛隊は、いざという場合は集団的自衛権を行使する覚悟でいてほしい。そうでなければ同盟が保(も)たない。