日米安保改定50年の意義

2010年1月 5日 『自由民主』平成22年1月5・12日合併号8面

 

60年安保50周年を迎えて、当時外務省の日米安全保障課長としてこの問題にあたられた、後の外務次官、駐米大使東郷文彦氏のメモワール『日米外交30年』を読み直してみた。その中にハタと目につく文章があった。

■安保条約改定の議論

「最近になって国内極く一部に安保条約を改定せよという議論が聞かれるようになった。改定すると言えば、日米間の国力の相対的変化に伴ってより双務性のはっきりした方向に改定せよと言うことであろう。私は安保改定交渉に参画したから言う訳ではないが、現行安保条約は相互防衛と日本憲法を両立させるぎりぎりの所で出来上がっているもので、これを右のような方向で改定しようとするならば、憲法改正と言わぬ迄も、少なくとも集団的自衛権は行使できないと言う憲法解釈を改めてかからなければ出来ない相談であると思っている」

■「対等」の関係とは何か

まことに今昔の感がある。集団的自衛権の行使は、たしかにこの本が書かれた30年近く前には、私の周囲を見回しても支持者は寥々たるものであり、「極く一部」の主張と言って正確な状態だった。

しかし安倍政権の頃には有識者の絶対多数の支持するところになっていた。時流はそれだけ変っていたのである。実に、安倍晋三総理は病で倒れられたのは、集団的自衛権問題の最後の検討会に予定されていた9月14日の2日前の12日であった。

また、現在は、鳩山由紀夫総理も、その意味するところは必ずしも明らかではないが、「対等な」日米関係と言っていられる。

■英米同盟に近付ける

60年安保条約50周年を迎えて、今後の日米同盟のあり方を考えようとするのは結構である。ただ、誰も50年間を何も考えずに無為に過ごしてきたわけではない。この問題は繰り返し議論され、そしてすでに結論の出ている問題である。

それは2000年の超党派のナイ・アーミテージ論文で表明され、その後も確認されている政策である。

それはひとことで言えば日米同盟を英米同盟に近づけることであり、その手段としては集団的自衛権の行使を認めることである。

海洋国家日本としては、過去4世紀にわたって7つの海を支配しているアングロアメカン・世界と協調しる限り、国家の安全、自由、独立、そして国民の繁栄を維持できる。明治開国以来150年間で、この路線から離れた15年間の惨憺たる結果はまだ記憶に生々しい。

■完全に信頼できる同盟

米国としては、大西洋を挟んで英国、太平洋を挟んで日本という、完全に信頼できる同盟国を持つことは、理想的な形である。こうなれば、日米同盟は日本にとって不可欠であるだけでなく、米国にとってもかけがえのないものとなり、ここに同盟の基礎は揺るがないものとなる。

民主党政権の下で集団的自衛権の問題は停滞するかもしれない。しかしそんなことは一時の現象と考えて、日米同盟のあるべき姿について一貫した姿勢を貫くべきである。