国連中心主義も日米中正三角形論もさっぱりわからない

by 岡崎久彦 on 2010年2月10日

 小沢氏の外交、安全保障に関して何か言うことがあるとすれば、「わからない」の一言に尽きる。国連中心主義とか国連待機部隊の創設といった持論を発表しているが何が言いたいのかさっぱり分からない。

 小沢氏には1度ゆっくり会ったことがある。自自連立政権で周辺事態法を作ろうとしていた99年のことだった。自由党の全議員が集まる安全保障研究会に講師として招かれ、日米同盟の重要性についての持論を述べ、周辺事態法の必要を説いたように記憶している。

 私が話し終えると、小沢氏が持論の「国連至上主義」を論じ始めた。いかにも頭でっかちな理屈だけの論だなと思ったが、私は「学生の思いつきならまだしも」を言いたい気持ちを抑えて、「役所の課長クラスがする議論で、立派な政治家のなさる議論ではありませんよ」とコメントした。すると小沢氏は、私の意見に答えているのかいないのかわからないが、いきなり大演説を延々と述べ始めた。

 結局、小沢氏は最後まで一人でしゃべり続け、そのまま時間切れとなってしまった。小沢氏の “聞く耳を持たず” の反応を見て、自由党幹部が「今日はこのあたりで」と幕を引いたのだろう。後で「怒鳴ったり、無礼なことをしなかっただけでも、いい対応のほうですよ」と身近な人物にいわれた。

 それから10年の月日が流れたが、どうも小沢氏の考え方は当時と変わっていないようだ。

 07年の「世界」11月号に、小沢氏は当時の国連本部政治局政務官の川端清隆氏の「テロ特措法と国連安保理決議」と題する寄稿文に反論する形で、「公開書簡 今こそ国際安全保障の原則確立を」として安全保障に関する原稿を掲載した。「私は、国連中心主義と日米同盟は全く矛盾しない、むしろそれを両立させることによって日本の安全が保障されると主張しています」と強調している。

 普通、自分が論文を発表する前には、誰か学者か専門家に見せて意見をきくものだが、どうもその形跡はまったくない。国連安全保障理事会に承認された平和活動への参加だけは憲法違反にならないという説に賛成する専門家は、日本はもとより世界中に誰もいないだろう。

 最近の「日米中正三角形論」もそうだ。もともと自民党の加藤紘一氏が言いだしたはずだが、いつ頃からか小沢氏が持論とするようになった。正三角形というが、米国とは同じ同盟関係にあり、中国とはそうではない。つまり現時点で日米中が等距離の「正三角形」になるなどあり得ない。「米国とも中国とも仲良くしましょうよ」と言いたいだけなら、そんなものは外交論ではない。

 小沢氏の初当選は、佐藤栄作内閣が選挙後の入党者を含めて300議席を獲得した、1969年のいわゆる沖縄選挙である。当時、岸信介、賀屋興宣ら保守派の素心会というグループがあったが、素心会のある議員が「今度は言ってきた連中はどうしようもない」といっていた。当選したばかりの若手代議士たちが「総理に会わせろ」といって徒党を組んで押し寄せ、「オレたちのいうことを聞け」と息巻いていたというのである。つい最近、そのうちの一人が話していたが、「いざ総理のところに行ってみると、何をいっていいかわからなかった」という。

 傲慢な態度で「オレたちのいうことを聞け」というが、中身は何もない。彼らの世代の最大の欠点は、謙虚さがないことだ。小沢氏を見ていて思い出すのは、このときのことである。

 こうした態度は今の民主党政権全体に共通する。外交や防衛、安全保障について知らないのは仕方ないとしても、「知らない」ということについて謙虚でない。それが外交的な比例や虚勢となって現れ、ともすれば日本の国益を損ねかねない危険をはらんでいる。

 野党時代から、小沢氏の米国に対する非礼は目に余るものがあった。07年8月、テロ特措法をめぐってシーファー駐日大使と会談した時のことだ。民主党の代表だった小沢氏は最初から米国への協力を断ることを決めていたのだろう。公開する形でシーファー大使に会い、「米国は国際社会の合意を待たずにアフガン戦争を始めた。我々の憲法解釈では、日本に直接的に関係ない地域で、米国あるいはほかの国々で作戦をすることはできない」(民主党HP)といった。記者を集めてパフォーマンスを行い、衆目の前で相手を貶めた。日米同盟を故意に傷つけようとするものだったといわれても仕方がない。

 米国に対しては少々いってもいいと思って、甘えているのかもしれない。だが、米国は今、民主党政権に対して非常に怒っている。基地問題以前に、外交マナーを欠いた態度についての不信感だ。鳩山首相は国連総会に出席した際にオバマ大統領と会談したが、その直後の演説で「東アジア共同体」を表明した。米国側にすれば「同盟国なのだから、そんな大事なことをなぜ首脳会談の時にひと言いっておいてくれなかったのか」と思って当然である。故錦濤主席と会談した時には、会談が始まる前の新聞記者がいる所で「日本は米国に頼りすぎていた」と発言した。最たるものは例の「トラスト・ミー」で、信用するといったオバマ大統領に対し、1日のうちに裏切りと言える発言をした。米国を怒らせるためにやっているのか? と思いたくなることの連続である。

 こうした鳩山氏の言動に直接、小沢氏の意向が働いているとは思わないが、普天間に関しては予算成立を視野に「社民党との連立を切るな」と言明しているのだろう。

<<訪中の狙いは「写真撮影」か>>

 小沢氏の言動については、外交政策や安全保障論としては理解不能でも、政治的な計算と考えるならわかりすぎるほどよくわかる。テロ特措法にあくまでも反対したことも、安倍、福田政権を窮地に陥れようとした政治的計算はわかるし、その後、審議に応じようとしたのも、総選挙の時期が遅れれば民主党に不都合だからという理由ということなら、よくわかる。

 昨年12月の「大訪中団」もそうだ。総勢600名超の大訪中団を引き家北京を訪れ、故錦濤主席に議員一人一人と握手して写真撮影してもらった。要するに、自分の部下全員に「今度の選挙で使える写真を撮らせてやる」ということだ。

 こうした言動が、対米・対中政策として何らかの国益をもたらすというならまだいいが、むしろ逆効果だ。米国は先にもいったが、問題を先延ばしにする上、非礼を続ける日本に怒っている。私としては、米国に対しては「4年間我慢してください」といい、対日強硬派が反発して修復不能な事態になるのを防ぐしかない。

 一方、中国が歓迎しているかといえば、そんなことはない。彼らは米国以上にしたたかだ。日米関係の悪化に乗じて日本と接近するのは米国を刺激することになり得策ではないと、むしろ日本と距離を置こうとしている。喜んでいるとすれば、日本が一人で勝手に対米関係を悪化させているので、日米を引き裂く必要がないということくらいだろうか。

 もし本当に「東アジア共同体」を実現させたいなら、米国との絆を強固にしたうえで、中国と駆け引きをするしかない。米国を怒らせ、中国に笑顔を見せても日本にとっての利益は何ひとつないのだ。政権の最高実力者の小沢氏の「わからなさ」は、政治的計算だけで信念がわからないことだ。

 1つだけ、私が小沢氏を評価できることがある。それは金丸信氏が小沢氏を認めていたということだ。金丸氏は金権政治科の典型のように言われているが、信念を持つ立派な人物で、人を見る目は確かだった。その金丸氏が認めた、だから私も「ひとかどの人物だろう」と考えたが、その後に続くのは「だがしかし」ということばかりである。金丸氏はスキャンダルが起きたとき、秘書のせいにせず「悪いのは金丸信」の一言で政界を引退した。いまの小沢氏について金丸氏はどう評価するだろうか。

 (おかざき ひさひこ)