日本外交における価値観

2007年4月 1日 

≪幣原外交の失敗≫

――麻生外相スピーチ「自由と繁栄の弧をつくる」をどう読み解いていらっしゃいますか。

 価値観を外交の機軸として打ち出したのは、日本外交史上、今回が初めてです。

 問題は、価値観中心の外交がありうるかどうかです。外交は本来、パワーポリティクスです。

 日本外交史上、価値観を機軸と外交があったやに考えられるのは、一九一五年から一八年まで外務次官として五代の外相に仕え、戦後は首相も務めた幣原喜重郎(一八七二~五一年)の時代です。

 第一次世界大戦は同盟対同盟の戦争でした。そこで第一次世界大戦後、同盟を結び力の均衡を維持するバランス・オブ・パワーでは世界の安定を維持できないと考えられました。

 一九二一年八月に開かれたワシントン会議は軍備および極東を議題として開かれます。二つの議題におけるアメリカの政策意図は、日英同盟破棄です。会議での英国をはじめ各国の動向をみれば、必ずしも日本は日英同盟破棄を迫られたわけではなかった。しかし、日本代表であった幣原は日英同盟を破棄することを決定します。彼は、同盟の時代は終わり、いまやすべての国が既存の条約、法律を守り、その変更は話し合いによるのだという信念を持っていました。それ以降、満州事変までの日本外交は、条約の義務尊重と国際協調を柱とする一九二二年のワシントン体制の堅持を基本とします。

 日本が幣原外交のもとにワシントン体制を模範的に守った国であることは、満州事変当時、駐中国米公使だったマクマリーが認めています。メモランダムで彼は、日本はワシントン会議の条文と、その精神を最も忠実に守った国であり、ワシントン体制を守れるかどうかは、実際には中国の自制と、それをはっきりと中国に要求すべきであった米、英、特に米国の態度にかかっていた、と記しています。

 同盟がなくなり、各国はばらばらになってしまった。バランス・オブ・パワーが崩れた。理想主義外交を追求したことで、世界は弱肉強食のジャングルになってしまったのです。安全を維持できたのは、モンロー主義(孤立主義)をとっていたアメリカと、内部で強い結びつきを持っていた大英帝国です。

 やがてワシントン体制を忠実に守っていた日本は、中国で排日侮日運動が起こり権益を脅かされました。中国は革命外交で既存の法体系維持を尊重しませんから、幣原の既存の法体系維持・平和外交をもってしてもどうしようもありません。幣原のイデオロギーに基づいた外交は失敗したのです。

 

≪優等生日本≫

――「自由と繁栄の弧」の形成をめざす外交は諸外国にすんなり理解されるでしょうか。

 理解されるでしょうね。

 価値観に基づく外交を強く言い出したのはアメリカのネオコンです。いま、イラク戦争の是非や現地の情勢の悪化を背景に、ネオコンの政策は失敗だったと評価されています。ところが不思議なことに、価値観の外交は衰えていません。アメリカの長い伝統に根ざした外交だからです。自由と民主主義の価値観を柱とすることは、アメリカ外交の基本です。冷戦終焉後、世界を見渡せばアメリカの一人勝ちである状況は変わっていません。イラク戦争の結果がどうであろうと何の関係もない。アメリカの価値観にも沿う基軸を設定することが日本の安全につながるのです。

 

――日本の「自由と繁栄の弧」の形成を目指す外交は、従来のアメリカの人権、自由、民主主義を掲げる外交と表裏一体であるとお考えですか。

 表裏一体でいいのです。そこで割り切るとすべてがきれいに割り切れます。対中国、対台湾、対ロシア、対インド、対オーストラリア、対韓国、対北朝鮮……全部割り切れますね。はっきりと割り切れますね。はっきりと割り切れないのは、唯一ミャンマーです。しかし日本はアメリカ外交に反対しているわけではありませんから、現状なら割り切れます。 

 その結果がパワーポリティクスの外交に合うのです。パワーポリティクスの外交と、前面に押し出すと敵をつくってしまう。価値観外交と言っていれば安全です。

 

――ユーラシア周辺部分を麻生外相は「弧」と言っています。

 「包囲政策」と言うとパワーポリティクスになるので、「自由と繁栄の弧」という価値観でいくと言っているわけです。この価値観でくくった外交は、パワーポリティクスとまったく矛盾しません。

 

――外交は国民の理解を得なくてはなりません。「自由と繁栄の弧」に基づく外交は、国民にどうやって受け入れられるでしょうか。

 国民にも受け入れられているでしょう。反対論は成立しませんから。

 この機軸はアメリカ帝国が続く限り続く。そしてアメリカ帝国は当分続くでしょうね。いまアメリカは、帝国を維持できるだけの軍事力とそれを支える経済力を持っています。

 ですからこの価値観の外交はアメリカの政権交代があろうとなかろうと関係ありません。アメリカ外交は価値観を使ったときに、大概失敗しています。しかしそれに対して反省の色はないですね。価値観外交はアメリカ帝国の強さと表裏一体をなしているのです。

 要するに世界の一番強い国との関係が大事なのです。ですからいまは、アメリカとの関係が大事なのであって、価値観外交を進めていけばいいのです。

 日本には価値観外交を進めるうえで弱みがありません。こんな自由な国はありません。環境問題においても優等生です。この優等生ぶりを利用していけばいいのです。

 

――ありがとうございました。